2025年11月14日

厄年から始まったバイク事故と看護師としての価値観の変化

〜ある施設長の、回り道こそが『天職』だった物語〜

二つの音

今回の主人公である彼女の人生は、二つの対照的な音に彩られています。

一つは、アスファルトを削るような、単気筒エンジンの荒々しい轟音。自由を渇望し、自らの力でマシンをねじ伏せるライダーとしての音。

もう一つは、生命を支える医療機器のかすかな作動音。ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめとする神経難病の利用者さまに寄り添い、その「生きたい」という願いを支える、静かなケアの音。

株式会社MCが運営する「サポートハウスみさとノイエ」の施設長。彼女の姿を一言で表すなら、それは穏やかさと深い共感力に裏打ちされた、静かな強さ。スタッフを導き、利用者さま一人ひとりの「個性」に寄り添うその姿は、まさに専門性と人間性を兼ね備えたリーダーそのものです。

しかし、今日の彼女を知る者のほとんどが、かつての彼女の人生がこの静寂ではなく、エンジンの轟音によって定義されていたことを想像できないでしょう。

これは、まっすぐな道を選ばなかった一人の女性が、自由への情熱、度重なる試練、そして「厄年」という運命的な巡り合わせを経て、真の天職を見出すまでの、回り道だらけの物語です。

エンジンの咆哮――自由と、運命の影

彼女の青春は、バイクと共にありました。特に彼女が愛した2台、ヤマハのSRとトリッカーは、彼女の多面的な個性を象徴しています。

バイク乗りの魂-SRとトリッカー-

ヤマハSRは、ライダーとマシンの一体感を強制する、無骨なキックスターターが特徴です。ボタン一つで始動する現代のバイクとは違い、自らの体重とタイミングでエンジンに火を入れる儀式が求められます。「SRを選んだのは、見せかけの派手さよりも、自分自身で困難を乗り越える実質を求めていたからかもしれません」と彼女は振り返ります。この独立心と困難を厭わない精神は、彼女の核を形成しています。

一方のヤマハ・トリッカーは、「フリーライド・プレイバイク」という名の通り、BMXのように街を遊びまわるための軽快なバイクです。SRが象徴する「強さ」とは対照的に、トリッカーは彼女の「柔軟性」や「好奇心」を映し出します。

この二面性困難に立ち向かう強靭さ(SR)と、状況を楽しむ柔軟性(トリッカー)は、後に彼女が直面する過酷な医療現場で、予期せぬ形で発揮されることになります。

不運との対峙:事故と「厄年」の影

バイクへの情熱は、常に危険と隣り合わせです。

「本当に、何度も事故を経験しました」

その中でも数年前に経験したトラックとの大事故は、彼女の人生に大きな影を落としました。「あの瞬間、すべてが終わったと思いました」

度重なる不運。特に30代に集中したこれらの出来事を、彼女は単なる偶然とは捉えられませんでした。女性の33歳は「大厄」とされ、その前後(前厄・後厄)を含めると、30代は災厄に見舞われやすいとされる時期と重なります。

「今思えば、こじつけかもしれません。でも、当時は『厄年だから』と思うことでしか、受け止められない現実がありました」

この「厄年」という概念は、予測不能な不運を個人の失敗としてではなく、誰もが通過しうる「人生の試練の季節」として捉え直すための精神的な支えとなりました。そして、厄年が明けてから事故が減ったという実感は、「いつかこのトンネルは抜ける」という希望、すなわちレジリエンス(回復力)を彼女の中に刻み込みました。

計画なき回り道-現実と、天職-

彼女が看護師の道を選んだのは、崇高な理念からではなかったかもしれません。

安定を求めた、現実的な選択

青森県出身で3姉妹の長女。父の背中を見ながら、家庭の経済的な浮き沈みを肌で感じて育ちました。「『経済的に自立できる仕事』。それが私の唯一の基準でした」。その現実的な答えが、看護師でした。

理想ではなく、現実から出発したからこそ、彼女は後にこの仕事の本質的な価値を、より純粋な形で発見することになります。

教室の外で見つけた「声」

進学した首都大学東京(現・東京都立大学)。当初、人と話すのが苦手だった彼女は、看護学部という専門分野に閉じこもらず、焼肉屋、コンビニなど、多種多様な「社会」に飛び込みました。

「看護技術は大学で学べます。でも、看護の根幹にある『人の心に寄り添う技術』は、教室の外で学んだことの方が多かった」

社会の縮図のようなアルバイト先で、あらゆる立場の人々と向き合い、対話を重ねた経験。それが、彼女の最大の武器であるコミュニケーション能力を磨き上げました。

ケアのルーツ-極限の現場が磨いた専門性-

彼女の看護師キャリアは、意図せずして、後の天職への完璧な準備期間となりました。

認知症療養型病院では、言葉にならないサインを読み解く観察力を。血液腫瘍内科では、抗がん剤や無菌室管理といった高度な医療技術と、死と向き合う患者に寄り添う精神的な強さを。そして救急外来(ER)では、一刻を争う状況下で冷静に判断を下すクリティカルシンキングを鍛え上げました。

「当時は必死で、目の前の業務をこなすだけでした。認知症ケアの忍耐、腫瘍内科の精密さ、ERの瞬発力…これらが全部、まさかALSのケアという一つの道に繋がるとは、夢にも思っていませんでした」

このような経験が、彼女を唯一無二のスペシャリストへと押し上げました。

覚醒の瞬間-「システム」から「人間」へ-

病院での多様な経験を積んだ後、彼女のキャリアに最大の転換点が訪れる。在宅医療・訪問看護の世界でした。

「仕事の喜び」との出会い

病院という組織では、効率やシステムが優先され、看護はしばしば「疾患」や「タスク」中心になりがちです。しかし、利用者様の「自宅」という生活の場で、彼女は衝撃を受けます。

「そこでは、病気やルールが主役ではなかった。主役は、その人自身の『生活』であり『人生』でした」

システム中心の医療から、人間中心のケアへ。利用者様一人ひとりとじっくり向き合い、「その人らしい生活」を支えるために自分は何ができるか、創造力を働かせる。

「初めて、看護師という仕事が『楽しい』と心の底から思えた瞬間でした」

MCの理念との共鳴

彼女が在宅ケアの世界で見出したこの哲学は、奇しくも株式会社MCが掲げる理念と完全に一致していました。

  • 「人の思いを実現できる会社」である
  • 一人ひとりの個性(Color)を何よりも尊重する

彼女は自らの経験を通じて、MCの理念にたどり着いていました。彼女のこれまでの全ての回り道は、この会社に出会うための必然だったのかもしれない。

目的を持って導く-「ノイエ」の施設長として-

そして今、彼女の物語は「サポートハウスみさとノイエ」の施設長という現在の役割に集約されます。

彼女のキャリアはバイク乗りとしての自立心(SR)、好奇心(トリッカー)、事故を乗り越えたレジリエンス(厄年)、多様な現場で磨いた臨床技術、そして在宅ケアで覚醒した人間中心の哲学――その全てが、ここで統合されています。

「ノイエ」は、ALSなど神経難病の方々に特化した住宅型有料老人ホームです。24時間体制の看護、高度な医療設備、そして何より「想像を超える生活〜専門的視点で創造し、想いを支える」を目指すという力強いコンセプト。

彼女はリーダーとして、この理念を現場に息づかせています。

「私が訪問看護で感じた『仕事の喜び』を、今度はここのスタッフたちに感じてほしい。ここが、利用者さまが自分らしく生きられる場所であると同時に、スタッフも専門職として輝ける場所であるように。私はその舞台を整えるだけです」

旅は続き、情熱は燃え続ける

彼女の看護師への道は、決して平坦ではありませんでした。しかし、彼女は振り返ってこう語る。

「もし他の仕事を選べたとしても、もう一度看護師を選ぶ」

そして、彼女の物語の最後に、一つの印象的な言葉を放ちます。

「最近また、バイクに乗りたいんです」

それは、彼女の原点にある自由への渇望、自立心、そして冒険心の炎が、今も消えずに燃え続けている証です。

一見相容れない、看護師とライダー。しかし、彼女の中で二つの姿は完全に統合されています。その冒険心と独立心は今、いかなる困難に直面しようとも「自分らしい生き方」という挑戦を続ける利用者さまを支える、最も力強いエネルギーへと変換されています。

彼女の人生の旅路そのものが、株式会社MCのミッション―「人の思いを実現する」―を力強く体現しているのです。

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わずかな腕の力でも、滑らかで安定した動作ができるように支持する上肢装具。テーブルや台に固定して、上から腕を乗せて使用します。食事や読書、字を書いたり絵を描いたり、PCやタブレット端末を使ったりなど、利用者さまが日常生活の中で一人で自由に取り組めることを増やせるようサポートします。

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アクリル板などの透明な板に「はい」「いいえ」や「50音」等が書かれており、介助者が文字盤を指さししたり、見つめている文字が利用者さまと介助者の瞳を結ぶ視線の中心に来るように文字盤を動かして使用します。目線が動かせる方なら外出先など場所を問わず手軽に使用できるため、欠かせない意思伝達アイテムです。

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動くことが困難な利用者さまにとって、外出は最高の気分転換。施設周辺でのお散歩はもちろん、近隣のコンビニやスーパーへのお買い物、車で少し遠出をして紅葉やお祭りを見に行ったりなど、さまざまな場所で楽しい時間を過ごしています。呼吸器などの医療機器をつけたままでも、スタッフが付き添い適切なケアを行うので、安心してお出かけいただけます。

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自力で移動できない利用者さまを介助リフトで運ぶ際に使用するシート状の補助具。頭から全身を包み込むハイバック型、頭を支える必要のない人に適したローバック型、介助者が取り扱いやすい脚分離型などのさまざまな種類があります。身体状態や体重等を考慮して、その方に合ったスリングシートを選択します。

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